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国立科学博物館で学ぶ物理学 <素粒子/霧箱・サイクロトロン>

[概説] 素粒子・標準理論 霧箱 サイクロトロン [理論編] ラザフォード散乱 電場と特殊相対性理論 サイクロトロン理論 電圧分布数値解析法 国立科学博物館で学ぶ物理学 ホーム


[0]素粒子体系と標準理論

(1) 素粒子体系

これまで認識されている素粒子には、次のような17種( W+,W-は反粒子の関係にあるが、これを2つと考えると18種)のものがあります。 (重力子/グラビトンは未発見で、標準理論には含まれません。最先端の超弦理論では、これをも含めすべて振動する「ひも」であるとします。)

これらの素粒子をどのように発見してきたか、それに必要な検出器・加速器はどんなものかを知る展示物が国立科学博物館にはあります。次節でその一部を 見ることとし、この節では、素粒子の概要を見ておきましょう。

               



           ・大別すると、フェルミ粒子(スピン1/2)、ゲージ粒子(スピン1)、ヒッグス粒子(スピン0)の3種があります。
           ・表中または図中、各粒子右肩の数値は電荷を示します。陽子・中性子など複合粒子の電荷は、クォークの電荷の和で表されます。         
           ・物質粒子の同じ種類では、第1世代が最も軽く、第3世代がもっとも重くなります。
       ニュートリノは他に比し軽く、特に電子ニュートリノは電子に比し極めて軽く"0"と置けるほどの質量しか有しません。
           ・陽子・中性子など、3つのクォークからなる複合粒子(バリオン)には、この他に沢山の粒子があり、それらは、u,d の
       他に、c,s,bクォークなどが関与します。
           ・物質粒子には、それぞれ電荷が逆転しただけの反粒子が存在し、中間子(メソン)(図示していません)などは、粒子と
             反粒子2つから成り立っています。
      ・バリオンとメソンを合わせて、ハドロン(重粒子)と言います。レプトン(軽粒子)と対比する名称です。


(2) 標準理論

これら粒子の本来の性質や相互作用・反応などは、標準理論と言われる素粒子論によって定量的に説明できるとされています。

 
 
<参考>標準理論全体像 (左右の図は、NHK「神の数式」より入手したものです)
      <左は、CERNの石碑の碑文。右は、その内容を少し詳しく解説したもの>

    標準理論のエッセンスは、次のラグランジアン密度の一式に集約されています。

     

                  (D(/)などの表記は、Dと/の重ね書きであるが、が、本Webでは表せないので
                  このような奇妙な表記を用いた。γμDμという内積を意味する)

     各素粒子の性質・相互作用を知りたければ、次の作用積分S
              
     
                                 において、フェルミ粒子(物質粒子)の性質・ボゾン粒子の働きなど、知りたい項目に応じ、
                                 波動関数Ψ・ベクトルポテンシャルAに関する微小作用積分δS=0の式から導かれる
                                  方程式を解くことになります。

                                        

 <例>電磁場・電子の運動方程式
    

        この場合、電磁場を表すベクトルポテンシャルをA、電子を表す波動関数をΨとすると、D(/)μ(∂μ+iqAμ)に−m <質量mは、Higgs機構(上式第3項以降      or 右上図下2段)から導出される>が加わり、ラグランジアン密度およびその変分は次のようになり、Dirac方程式やMaxwell方程式が得られます。
                      これらの方程式を解けば、電子の持つ性質や電磁場の諸現象など応用面での問題(ex. 高速移動電荷の電磁場)を解き明かすことができるのです。      (弱い力・ボゾン粒子、強い力・グル―オン粒子などは、電磁場と同様なボゾン場・グル―オン場として論じます。)

しかし、本格的に勉強するには専門書を紐解かなくては到底理解出来ませんが、そのアウトライン(と言っても数式だらけですが)でもと 思われる方は、標準理論概要をご覧ください。


[電磁場/霧箱]

[T]素粒子検出器/霧箱 (泡箱、ATLAS)

下左図は、(拡散)霧箱と呼ばれる装置です。素粒子物理学の研究は、このような装置(後には、泡箱へ、更には ATLAS などへと進化)を検出器として大きく発展することになりました。


右下図はそのおおまかな構成を示しています(右上図は装置を上から見た図)。装置全体はアルコールで満たされており、 液体窒素で底面から冷却されています。この装置に、宇宙線や近くにある 放射性物質から放射された荷電粒子(α線=He原子核、β線=電子、ミュ―オン=電子より重い負の電荷を持つ粒子等)が入射すると、 白っぽい線状痕が見られるというものです。

この展示物には装備されていませんが、電場・磁場(右下図は装置下面に磁石を置いた例)をかけたり、遮蔽物を置いたりすると、 その軌跡から粒子の電荷/質量比が得られるので、荷電粒子の種類・性質がわかるのです。





白っぽい線状痕ができる理由は一般的に次のように説明されます。
                                            

電荷を有する粒子が過冷却状態にあるアルコール中を通過するとき、空気の成分である窒素分子や酸素分子と衝突し、 それら分子内の電子を弾き飛ばすため分子はイオン化されます。その結果周辺にいる極性物質であるアルコール分子が それらのイオンを核として凝集し霧が発生します。弾き飛ばされた電子がまた次々と同様の現象を引き起こします。 この霧が粒子の軌跡となって見えるというのです。
<上右図は、原子イオンに凝集する水分子を示しており、中央に正イオンとなった原子があり、水分子の酸素(O)が若干負に 帯電している(こうした分子を極性物質といいます)ため、この部分が正イオンに惹かれて吸着します。吸着した水分子の水素(H) は若干正に帯電しているため、この部分にまた水分子が吸着します。次々とこのようなことが起こり、ある程度の大きさまで成長します。 これが霧として見えます。>

電子の飛跡は、細く、ほぼ直線状(ミューオンは電子より重いのでより直線的)であるのに対し、α線は重いので電子を 沢山弾き飛ばし、太く短い線となるというのです。

α線は、偶に、他の原子核と衝突し2つに分かれた飛跡(単なる弾性衝突、または核反応)を描くこともあります。 例えば、窒素原子にα線を照射(入射飛跡1本)すると、陽子(細い飛跡)と酸素の正イオン(太い飛跡)の2本に分かれるのが見える こともあるというのです。

                     

また、磁場をかけた霧箱で観察すると、電子の飛跡はローレンツ力により湾曲して見えます。極く偶には、正の電荷を持つ陽電子 が観察されることもあります。(右上図破線の飛跡を参照してください)<原理はこちらを参照してください>




    <散乱補足> 古典的散乱理論/ラザフォード散乱 

               イオン化の現象は、上記のようにビリヤードの玉の衝突として捉えると感覚的に分かり易いが、厳密な説明を
        するには、量子力学に基づいた多体系の複雑難解な散乱理論を必要とします。
散乱現象を理解するために、古典的散乱理論であるラザフォード散乱を簡単に紹介しておきましょう。 下左図は、金の原子核近くでのα粒子の散乱状態を計算したものです。その巨視的状態を示したのが下右図です。         下右図は、装置の構成をも示しており、赤い円が観測装置でピンホールを経由してα線が金箔に当たります。         散乱は、巨視的にみれば1点から放射状に起きているように見えます。円周上の各点(角度)にどのような頻度で         α線が到達するか(これを微分断面積dσ/dΩといいます。その大きさを青線で示しています。例えば直角方向         に散乱する粒子はおよそ1万ケの入射粒子に対し1ケ程度しかなく、ほとんど直進してしまいます)を観測すれば、         金の原子核の大きさの程度が分かるというものです。(詳しくは理論編を参照してください)         この実験では、α粒子は電子より遥かに重いので電子には影響せれずにほとんど直進していると解釈できますが         原子内の電子がどうなったかについては明確には知見を与えてはいません。             この実験では、金の結晶内の原子であるから、金の原子核は移動しないと仮定できるでしょう。しかし、一般的         に、自由電子同士などのような場合は双方が移動するのでそれらも考慮する必要があります。更に、原子内電子が         どこにいるかは確率的であるので、このような単純な理論では、霧箱での飛跡の解析を行うことはできませんが、         これと似たような機構で電子が原子外に弾き飛ばされてイオン化がおきるのです。
    <イオン化のメカニズム補足> 電場とイオン化 

        
        高強度レーザーによるイオン化は、下図のように交番電場が、原子・分子内のポテンシャルを歪める結果として、
        トンネル効果による電子の飛び出し(トンネルイオン化)、もしくは零れ落ちが起きて、イオン化が起こるとされます。
                  
         
               このような観点から高速で移動する荷電粒子によるイオン化を説明することもあります。

        下図右側2つは荷電粒子(小さい黒点)が静止している場合に対し高速で移動するときに移動方向に垂直な方向に電場が
        強くなることを示しています。その結果、下図左側2つに示すように紙面に垂直方向に移動する荷電粒子(小さい緑点)
       (電子とα粒子)により原子内ポテンシャルに歪み(イメージ的)を生じて、イオン化が起こります。
                  
               高速移動電荷の電場は、特殊相対性理論を用いれば、移動方向に対して垂直の方向の値Eyとして次のように表されます。
        すなわち、古典論で学ぶ電磁場の式に対し、相対性理論で必ず出てくる {1-(v/c)2}1/2 なる係数が掛かります。
       (詳しくは理論編をご覧ください)

             

霧箱では、検出できる素粒子の種類(中性子飛跡など)にも限りがあり、またその他の物理量(飛跡・エネルギー・電荷量など)の検出にも 限りがあるため、歴史的に言えば、その後、泡箱(下左図)が、更には、例えばCERN/LHCのATLAS(下中図・下右図)のような高性能の検出器が 使用されるようになっています。

     





[U]素粒子加速器/サイクロトロン (シンクロトロン)

下左図は、サイクロトロンと呼ばれる装置です。素粒子物理学の研究は、このような加速器を用いて、素粒子を高速で衝突させ、 その反応から素粒子の性質を深く理解してゆくことになりす。(後には、シンクロトロン、大型直線加速器などと、高速化へと 発展します。)

この装置では、陽子の加速を行います。装置は2つの半円中空電極(D電極)を小さな隙間をあけて向き合わせています。
また、D電極の上下に電磁コイル(電磁石)を配置して、D電極に垂直方向に一様な磁場を掛けます。
荷電粒子は、D電極の中心から極くわずか離れた位置から水平方向に射出されます。

これらの電極には電圧がかけられていますが、電場は、その隙間にしかなく、ここを陽子が通過するときに陽子は加速されます。 勿論、加速を続けるためには、半周期毎に電場を逆転させなければなりません。そのため、高周波正弦波形電圧を掛けます。

電極内では、電場がなく加速されませんが、電極面垂直方向にかけられた磁場のため、ローレンツ力により円運動を行います。 この結果、陽子は、中心から螺旋を描きながら外周に向かい、高速になったところで、取り出し口から外部に取り出され、 次の段階の装置である衝突器(兼検出器)に導かれます。



各種加速器の最高到達速度および用途を紹介しておきましょう。(右図および下記数値は、陽子での関係を示します。) (エネルギーと速度の関係式はこちらを参照して下さい。)
 <サイクロトロン> 数十MeV (ex 10MeV : 対光速比:0.143)    陽子・イオン
 <直線加速器>   数十GeV (ex 10GeV :対光速比:0.996)    電子・陽子・イオン
 <シンクロトロン>  数TeV (ex  7TeV :対光速比:0.99999999) 電子・陽子・イオン









以上がサイクロトロンの概要ですが、もう少し詳しく見てみましょう。以下の議論については、「付録/理論編」を逐次参考にしてください。

(1) D電極内電圧分布

概説では、「D電極内では電場がない」と説明しましたが、完全に導体で囲われた内部は確かに電場がありませんが、D電極のように 開口部がある場合には単純にそうとも言えません。近似的境界条件での数値計算を下図に示します。(上段は、D電極の厚み中央で且つ D電極のギャップに垂直な直径に沿った電圧・電場分布を、中段は、D電極の厚み中央の断面での等電位線を、下段は、ギャップに垂直 な直径での断面での等電位線を示しています。)

D電極の厚みが厚くなると電位分布の乱れはD電極内部まで及びますので、ある程度薄くする必要があります。ある程度薄いD電極の場合、 等電位線は、D電極の外径近辺および上下面近傍では乱れてはいるものの、それ以外では大まかに言って一定としてもよさそうです。 特に、ギャップを上から見れば、等電位線は、どこでもギャップに平行であり、従い電場(等電位線に垂直)は、どこでもギャップに 垂直となります。ただし、電場を無視できるのは、D電極の厚み程度以上離れた領域といえます。
電場は、おおよそこのようなものですので、ギャップの幅を実際のそれに厚みの2倍程度加えた値として計算する必要がありそうです。

有効なギャップ幅をd、電圧をV、電場をE、素電荷eとすると、ギャップを通過する度に得るエネルギー凾fは、
       
すなわち、n回周回すれば、G=2n凾fのエネルギーを得るから、到達速度は、初速を無視して、(1/2)mv2=Gとなるから、
       
但し、ギャップ間で必ず加速されるようにするため、電圧は、角速度 ω=qB/m (電荷q、質量m、磁場B)に合致した周波数を有する交番電圧でなければ なりません。


(2) サイクロトロン運動(ラーマ―運動)

詳しい数式(「付録/理論編」参照)は別として、磁場Bによる荷電粒子の軌跡は出射位置近辺ではほぼ円運動をなし、その半径rと 速度vの関係は、角速度ω(電荷q、質量m、磁場B)として、
              
この結果、装置で決まる取り出し口の半径 rout での速度 vout は、磁場Bと出射位置routだけで決まる速度となります。

       

(3) 荷電粒子入射タイミング(位相)・入射位置・ギャップ幅・厚み方向の初速の影響

問題となるのは、取り出し口から出射する荷電粒子の方向およびその方向のばらつきです。その影響(計算法はこちら)を示したものが下図です。(左端は、 荷電粒子の入射タイミングに電圧(位相)が減速から加速方向に切り替わる場合の軌跡を表しています。その右4つの図は、順次電圧の位相がずれた 時の様子を表しています。例えば右から2番目は入射したときに電圧が加速から減速方向に変化しています。また、取り出し口での、荷電粒子の 位置・方向は、位相差により、またギャップ幅により、微妙に変化しているのが分かると思います。)

        
右4つの図のうち左から1番目と3番目の図を比較すれば、位相差が180°異なっており、ほぼ円形となる軌跡の中心が下上に分かれている こと、従い出射角が2つの粒子で異なることが分かるでしょう。図示していませんが、最初の入射位置を上方へずらせば、回転中心も上方へずれて、 出射角度は接線方向よりも内側になることは容易に理解できるでしょう。このように、様々な電圧変化タイミングに入射された荷電粒子の出射角 は様々に変化します。できるだけ多く粒子を目的の角度(図では接線方向とした)で出射するように、入射位置やギャップ幅を決定しなければ なりません。

この他に、荷電粒子の入射速度に厚み方向成分がある場合は、一様磁場では復元力がなく厚み方向に飛び続けることになり、出射粒子数が減少 することになります。これを改良するために、電磁石の芯材の形状に工夫を凝らし、その湾曲した磁場で厚み中央に保つ(フォーカシング) ようなことも行う必要があります。


(4) 実機規模装置の例

最後に、実機規模の装置での陽子の加速での値を示しておきましょう。装置の諸元も右図に示しておきましたが、このような装置 (加速容量:8.5MeV)で、光速の1割強程度まで加速することができます。

濃い緑は速度ベクトルを表しており、赤紫の点は電圧正負の切り替えタイミングを表しています。この図より粒子回転の等時性ばかりでなく、位相差が90°すなわち ギャップ通過時の電圧が、電源のピーク電圧となっていることも見て取れるでしょう。(従い、矩形波電圧を想定した単純計算が成り立ちます)

なお、磁場1テスラ(T)というのは、一般的なスピーカーの磁場程度、ネオジム磁石程度(1.25T)だそうです。また20KVは、高電圧送電線 の1/10程度です。電源周波数は、16MHzです。










(5) サイクロトロンの加速限界


これまでの議論は、荷電粒子の速度が光速に比し小さい場合にのみ適用できます。これまでの議論であれば 取り出し口の半径のみ大きくとれば、光速は勿論、光速以上の速度が得られることになります。
皆さんもよくご存じのように、光速に近い物体の運動は、特殊相対性理論の領域となり、必ず、 ローレンツ変換として、{1−(v/c)2}1/2なる係数が現れます。これを俗に 質量mが、m/{1−(v/c)2}1/2のように重くなると説明します。この説明では、 同じエネルギーで加速されても、光速に近くなるほど重くなるので速度が遅くなるとします。(直観的理解には役に立ちますが、 正確には質量は変化しません。詳しくは特殊相対性理論を勉強してください)

特殊相対論に従う運動方程式(「付録/理論編」参照)は別として、やや強引にルンゲ・クッタ法(今問題と している方程式の数値解としては誤差が極めて大きい−特に位相差関連−)を用いて、左図のような軌跡を描く条件での 荷電粒子の動きを、参考までに、特殊相対論的に計算してみました。黒や赤紫の塗りつぶし小円は、電圧の正負が切り替わる タイミングを表しています。黒丸が古典理論による計算、赤紫丸が相対性理論による計算結果です。

光速に近くなると、荷電粒子の回転角速度が電圧の角速度より小さくなり、その結果、電圧正負の切り替えタイミング が図のように早く(粒子は時計回りに回っています)なり、遂には、位相が約90°ずれて、加速電圧であり続けたものが、 逆の減速電圧となってしまうため、速度はある値以上にはなり得ないのです。




粗々の見積もりを行ってみると、速度が{1−(v/c)2}1/2だけ遅くなるならば、粒子の角速度も {1−(v/c)2}1/2だけ遅くなるので、電圧正負切り替えタイミングが約90°早まるのは、速度が 光速の 0.66倍程度となります。同一速度(同一半径)での2回の加速による(特殊相対論速度増加)/(古典論速度増加)の比 を電圧1サイクル時間での回転角比(古典論速度増加は360°に相当)と見るならば光速の 0.42倍程度が限界となります。 この間の値が限界なのでしょう。正確な限界を知りませんが,或るところには、0.596倍と言う数字がありますが、 これが正解ならば、磁場の非一様性などの影響も大きいということかもしれません。




サイクロトロンは、加速に固定周波数の交番電源を用いるため、原理的に光速に極めて近い速度まで加速することが 出来ません。これゆえ、後の加速器は、一定の磁場ではなく荷電粒子の速度とともに磁場を変化させて円形軌道をとらせ、 また、高周波電圧も一定の周波数ではなく、粒子の動きに同調して周波数を増加させるようにした高周波電圧を用いるように なります。このような装置をシンクロトロンといいます。有名なシンクロトロンとしてCERN/LHCがあり、陽子の場合、光速の 0.99999999倍まで加速できます。それ以上では、円形軌道に起因する、荷電粒子からの制動放射(加速度による電磁放射 :1周あたり のロスは質量の4乗に反比例・半径の2乗に反比例)による加速限界があらわになる(特に電子で顕著 )ため、 最近では、巨大な直線加速器が計画されています。

サイクロトロンの限界を打破するものとして開発されたシンクロトロンの原理図(下左図)、その巨大な実験装置であるCERN/LHC の設置場所の写真(下右図)を参考までに紹介しておきましょう。

                










[W] 付録/理論編

(1) ラザフォード散乱理論

    右図のように、座標原点にいる標的(原子番号Z2、電荷q2)に向かって、粒子(原子番号Z1、電荷q1、質量m)がx軸方向に接近する場合を考える。
粒子は、遠方ではx軸に平行で y=b の位置から接近するものとする。粒子は、標的から、以下のクーロン力を受ける。(電気素量:e)
         
標的から見た(あるいは標的を固定した)運動方程式は、極座標(r,φ)を用いると、次式で書ける。
         
上式の第2式より、L = mr2(dφ/dt)=const すなわち角運動量Lは保存される。一方、粒子の遠方での速度をvとすると、角運動量Lは、mvbであるから、
         
従い、粒子の運動方程式は、以下の1つの方程式で表される。右に示す第2式は、第1式にdr/dtを掛けて積分したエネルギー保存の式である。
         
ここで、変数変換 r = 1/u を行うと、
         
これらを、運動方程式に代入して、
         
この方程式の解は、右辺が0の同次方程式の一般解と、特殊解の和であるから、積分定数をA, φ0として、
         
境界条件(φ→0でr→∞、φ=φ0でrが最小 ie dr/dφ=0)より、粒子の軌道は、次式で表される。
             

最接近距離 rmin は、W(r)= a/r2+L2/(2mr2)を使って表すと、次の式を満たす。
         
具体的に書けば、b0=a/(2E)として、
         
これを解くと、
         

φ0は、次の手順で求めることができる。記述の運動量保存の式とエネルギー保存の式より、
         
これを積分して、
         

ここに、r = b/u であるから、dr = −(b/u2)du ゆえ、
         
となる。従い、積分は、
         

結論的に、φ0は、次のようになる。
         




   
散乱角θは、粒子の入射方向からの角として定義するので、b0=a/(2E) であったことを思い起こして、
         

散乱断面積は、
標的に向かって平行に一定速度で入射する粒子の単位面積・単位時間当たりの数をNとすると、幅dbのリングを通過する粒子の数dNは、
         
ところで、立体角dΩは、dΩ=dS/r2で定義されるが、今、θとθ+dθに挟まれた帯状の球面を考えると、面積が (2πRsinθ)(Rdθ)であるから、
         
従い、Nに対するdNの比をdσと置いて、微分断面積 dσ/dΩ= (dN/N)/dΩ は、
         
これを図示すれば、前記右上図の右(赤線で示した蛍光面上での微分断面積:半径方向の青色線大きさで示す)が得られる。



(1) 高速移動電荷の電磁場

 (ローレンツ変換の導出・数式の読み方は一般相対性理論を参照してください)

(a) ローレンツ変換

特殊相対性理論によれば、慣性系K(x,y,z)に対しx軸方向に一定速度 V で運動する慣性系K’(x',y',z')において、次の関係が成り立つ。
この変換をローレンツ変換 Lμν といい、4次元時空の座標をx(x0,x1,x2,x3)=(ct,x,y,z)とすると、 x(ct,x,y,z)→x'(ct',x',y',z')の変換行列 (Lμν)は
         
         
また、この行列は、対称行列(Lμν)=(Lνμ)、逆行列 (Lμν)=(Lμν)-1 ie (Lμν)(Lμν) = I のような性質を有し、Lμνは具体的には次式で表される。
         
         
ローレンツ変換 Lμν を詳しく書けば、次のような変換を意味する。
                        

テンソル計算(同じ記号を有するものはその組み合わせの総和をとるというアインシュタイン規約)、 行列計算では、次のような計算を行う。
         
           

(b) 電磁場のローレンツ変換

電磁場は、4元ベクトルポテンシャル Aμ(−φ/c,Ax,Ay,Ax)を用いて、以下のように表せる。(E:電場、B:磁場、φ:電位)
         
         
         
行列形式で書くと、


μνにローレンツ変換を行っても、Fμνの数式の形は不変である。すなわち、 (F'μν) は、上に示した (Fμν)の行列で E,B を E',B'と置くと同じ表現の式となる。 このことを、ローレンツ対称性(ローレンツ共変性、またはローレンツ不変性)という。自然単位系(μ0=1)を用い簡素な式で表すと、
         
         
         
         

慣性系Kでの Fμν と慣性系K'での F'μν との関係は、ローレンツ変換Lμνを用いて、次のように表される。

         

行列計算では、
         

具体的に表すと、行列計算 (F'μν)=(Lμν)(Fμν)(Lμν)を行って得られる (F'μν) の成分は、(Fμν)の成分E,B を E',B'に置き換えた行列の成分であるから、
         
         
         
但し、ここで、v=(V,0,0)であるので、例えば次のような関係を用いて書き換えを行った。
         

(c) 移動する荷電粒子の電磁場

さて、荷電粒子(電荷q)は、慣性系Kの原点にあって、観測は、慣性系Kに対しx軸方向に速度 v=(V,0,0)で移動する慣性系K'で行うものとしよう。 慣性系Kの座標原点で静止している荷電粒子の電磁場EBは、
         
前項(b)に示した具体的な式で、B(0,0,0)を代入すると、
         
電場の式E=(q/4πε0x/|x|3 に、座標変換の関係式 x=(Lμν)x'を代入すると、
          
         
         
一方、前項(b)に示した具体的な式でB=0 であるから、電場については、
                     
         
慣性系K'の原点と慣性Kの原点が重なった時点 ie 粒子が慣性系K'の原点にある時点での電場E'は、βt = 0 と置けるので、慣性系K’での位置ベクトル r'(x',y',z')、および 慣性系K’での荷電粒子の速度ベクトル v'=(-V,0,0) を使って整理すると、
         
但し、ここでも、v'=(-V,0,0)であるので、例えば次のような関係を用いて書き換えを行った。
         
         

同様にして、慣性系K’での電場B'は、次式であらわされ、電場と磁場が混在するようになる。
         

最終的に移動電荷の電場は、粒子の進行方向すなわちx軸の方向からの角度をθとすると、v'×r'=Vr'sinθであるから、次式が得られ、これを使って図示すると右図(小さい黒点が粒子)が得られる。
         
すなわち、θ=0 では電磁場は弱くなり、θ=π/2 では電磁場は強くなる。特にθ=π/2の方向の電場すなわちE'yは、次式であらわされ、
         
光速に近くなれば無限大の電場となる。






(2) サイクロトロン/磁場中の荷電粒子の運動

電磁場(電場E,磁場B中の荷電粒子(電荷 q 、質量 m )は、速度vで移動する場合、次のローレンツ力を受けて運動する。
         
電場がなく(E=0)、z軸方向一様な磁場B(0,0,B)がある場合、その運動方程式は、v(u,v,w)とすると、
         
すなわち、
        

磁場Bが静磁場である場合、第1,2式より、この方程式は、次のように書ける。
         
これは調和振動の方程式であり、ただちに解けて、積分定数をC1,φ1とすると、
         
解 u を、上の第1式に代入して、
         
位置x,yは、解 u を積分すれば、積分定数をD1、D2として、次のように得られる。また、zは、第3式を積分すれば積分定数をC2、D3として、
                     

初期値が、x = (x,y,z) = (0, y0, 0)、 v = (u,v,w) = (u0, 0, 0) とすると、φ1=0, C1=u0, C2=C3=0, D1=0, D2=y0-u0/ω となるから、
                     
従って、
         
         

この運動は、一定角速度 ω = qB/m すなわち 一定速度 u0 で、(x,y,z) = (0,-(y0-u0/ω),0) を中心とする半径 r = u0/ω の円を描く。 z方向の初速成分があるときには、螺旋を描くが、x−y面への投影図は今説明した通りである。

 

           <磁石を置いた霧箱>  この場合、上図の螺旋を斜めに見た飛跡が見られるが、q<0 の時は、逆向きの螺旋となる。
                  すなわち、電子と陽電子では、逆向きの円弧状の飛跡が観察されることになる。
                  また、電荷も質量も既知であるならば、水平に近い飛跡の半径より、速度 u0 が分かる。            
                    


           <サイクロトロン>   右図のように、狭い隙間でのみ電圧がかかり荷電粒子が加速されるが、近似的には
                                   y軸(縦軸)通過後x方向(横軸)の速度(但し加速済み)のみであると言えるので、
                  上の議論がそのまま適用できる。
                  荷電粒子は、半周期毎に加速されるが、その間は速度・半径一定であるため、要する
                                   時間tはいつも同じである。 
                    
                  このため、加速電圧の切り替えは、一定サイクルで行えばよい。すなわち、固定交番電圧が
                  使えるということになる。







近似が気に食わない方のために、矩形波電圧の場合の厳密解と、数値解析法を紹介しておこう。
サイクロトロンの電磁場中の運動方程式は、V=(vx,vy)=(u,v)、ギャップ幅をdとして、以下の通りである。
         
         

<矩形波電圧サイクロトロン・厳密解>


電圧が矩形波である場合は、ギャップ間では、電場E が、時間・位置によらず一定であるので、厳密に解ける。上記第2式を微分して第2式に代入すると、d2u/dt2=−ω2u となるので、これを解いて、
         
         
@ギャップ内(端面含む)からギャップ端面まで

粒子がギャップ内にある時、初期条件として、t = 0(電圧正負切り替えタイミングまでの残り時間を te'とする) で、u = u1 ; v = v1 、x = x1 ;y = y1 、φ=φ1とすると、
         
         
         
また、t = te 後に、x = x2 = ±d/2 <ギャップ端面(移動する粒子進行方向の近い端面で±符号を選択)> ; y = y2 になるとすると、
         
         
         
te>te'の場合(まだギャップ内にあるということ)は、(x2,y2)、(u2,v2) として、次の値とし、これらを、(x1,y1)、(u1,v1)と置きなおして、上記の計算を再度行い、 いずれかのギャップ端面に来るまで繰り返す。
         
         
Aギャップ外(端面含む)からギャップ端面まで

次に、ギャップ外にある時は、これまでの式で、E=0と置けばよく、初期条件として、t = 0(電圧正負切り替えタイミングまでの残り時間を tb'とする) で、u = u2 ; v = v2 、x = x2 ;y = y2 、φ=φ2とすると、
         
         
         
従い、t = tb後に、x = x3 = ±d/2 <ギャップ端面(移動する粒子進行方向の近い端面で±符号を選択)> ; y = y3 になるとすると、
         
          
         
tb>tb'の場合は、電圧の正負切り替えが途中で起こっているので、@の手順に戻るときの残時間 te をこの分だけ、顧慮する。

B繰り返し

これから先は、またギャップ内から始めるから、以上の計算をつないでゆけば厳密解が得られる。

<数値計算法>

D電極内の電場が完全に 0 ではないので、厳密解にあまり拘っても致し方ないので、差分方程式(中央差分)による数値計算法を紹介しよう。
上記微分方程式を差分化すると、過去・現在・未来の座標を、x0,x1,x2;y0,y1,y2、またwe=qE/m,wb=qB/mとして、
         
         
これを整理すると、
         
         
ここに、
         
         
時間tに対して電圧を周波数 ωb の正弦波(または ωb周期の矩形波でもよい)とし、|x|>=d/2 にあれば、we=0と置くだけで、この手順を単純に繰り返せばよい。

<サイクロトロン運動の相対論的解析>

粒子の速度が光速に近くなると、相対論的な解析を必要とする。その方程式は、古典論と異なり、次のようになる。
         
成分に分けて書けば、v=(vx,vy,0)、E=(E,0,0)、B=(0,0,B)として、
         
         
所で、左辺の微分は、v2=vx2+vy2 であるから、次のようになる。
         
vyについても同様にして、これらを使って、(dvx/dt),(dvy/dt)について解き、整理すると、相対論での具体的方程式は、
         
         
この方程式は、解くことが困難(?)で、差分方程式による数値解法も適用し難く、強引にルンゲ・クッタ法(数値積分法参照)を適用するしかないが、 方程式の形から、精度(特に位相関連)は極めて悪い。ただ、短時間の挙動ならばそこそこ解けると言えよう。

vがcに比し極めて小さければ(v<<c であれば)、前述の古典論の式となる。

また、速度が光速に近くても、D電極内(ギャップ外)では ωe=0 であるから、ωb=(0,0,ωb)として、
         
(これは、この項の冒頭の式で、E=0 とし、D電極内での特定の周での運動に限れば v は一定であるから、{1-(v/c)2}1/2は微分の外にだせることからも自明である。)
従い、サイクロトロンでの粒子1周での角速度は、ギャップ通過時間を無視すれば、古典論の角速度 ωb に{1-(v/c)2}1/2を掛けたものと言える。

<D電極内電圧分布数値計算法>

D電極内には電荷ρがないから、電位φは、Maxwell方程式(divE=ρ/ε0E=-gradφ)により、
         
領域を凅 (番号 i )、凉 (番号 j )、凛 (番号 k )の格子状に分割して、この式を差分化すると、
         
第1近似として、境界までの電位の勾配を隣り合った格子点との勾配<ex:(φi+1−φi)/(凅)>と置くと、 すべての点の電位の第1近似が得られる。
こうして全ての点の値が得られているので、第2近似として、隣り合った6点(水色点線部)を使い上式で値を求め直すと、すべての点の第2近似が得られる。
これ以降、前回までの値を使い、隣り合った6点から、順次高位の近似値を求めると、所要の解が得られる。

サイクロトロンのD電極内の電位分布を求めるには、右図のような分割をおこない、境界をD電極表面およびギャップの上下面および外径側面とする。 境界条件として、一方のD電極表面(赤色部)はどこでも+V、他方のD電極表面(青色部)はどこでも−V、ギャップ部表面(黄色部)は、 +Vから−Vへ直線的に変化すると仮定する。このようなギャップ部表面の近似的境界条件を用いれば解が得られる。




<補足> エネルギーと速度の関係

速度v、質量mの物質の有するエネルギーE(v)は、相対性理論によれば、光速を c として、次式で与えられる。
         
静止状態から物質が得たエネルギーをGとすると、相対論並びに古典論に対して、
         
         
ここに、mc2は、誰もよく知っている静止エネルギー(E=mc2)であり、(1/2)mv2は、古典論で言う運動エネルギーである。
一般的には、得たエネルギーG=E(v1)−E(v0)として計算しなければならない。

初期速度を小さいとして無視すると、静止状態からの式が使えて、Gとvの関係は、相対論並びに古典論に対して、次式となる。
         
         

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